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日本と韓国の本当の歴史

本年四月二十一日、「真実の種」を育てる会の事業である「日本人学生への歴史問題講座」として、現役の高校教師である黒田裕樹先生を講師に迎え「日本と韓国のほんとうの歴史」をテーマに第一回講演会を開催しました。

本講演会で黒田先生は、詳細なスライドと十六ページのレジュメを元に、明治時代からの日韓関係を説明されました。先生の講演はこうした多くの資料を元に緩急とユーモア含みのある話で参加された聴衆を惹きつけていました。

現在の学校教育では一般的に、明治政府が朝鮮政府に対して不平等条約を押し付け、外交権を奪い、植民地としたのだと教えられてきました。しかしこれは戦勝国が一方的に日本を見た歴史観です。黒田先生は当時の日本と朝鮮の間には「不幸なすれ違い」があり、様々な視点で見ることの大切さを述べられました。

当初、日朝関係は良好でしたが、朝鮮半島内のクーデターをきっかけに、日本と清国がそれぞれ派兵しました。この時の日本の姿勢が「日本は清国に比べて弱腰だ」と朝鮮にみなされ、朝鮮国内では、清国に頼る事大派が強くなりました。その一方で、日本の近代化を知り、頼ろうとした朝鮮国内の人々もいました。

朝鮮の中には、ロシアに軍事的な保護を求める勢力も現れましたが、この動きが発覚すると清国は、軍隊を派遣して朝鮮への圧迫を強めます。こうして、朝鮮半島は、日本、清国、ロシアの勢力争いの舞台となりました。日本は朝鮮を独立国にしたのに対して、清国は、朝鮮が長く朝貢している属国であるという主張を展開し、結果日清戦争が起こります。日清戦争は日本が勝利しました。

これにより、清国が手を引くことになりましたが、代わりにロシアが朝鮮半島に進出してきます。日本にとっては、朝鮮半島における影響力が清国からロシアに変わるだけ、すなわち日清戦争の意味がなくなってしまいます。その後、様々な経緯があり、日露戦争が勃発し、最終的に日本が勝利し朝鮮の独立が担保され、朝鮮の独立は保ちながら、外交権や軍事権を日本が確保し、「保護国」としました。

朝鮮統監府の初代統監である伊藤博文は、朝鮮の独立を保ちながら近代的な政権を誕生させようとしていましたが、安重根によるテロによって伊藤博文が殺害されたことにより、韓国世論は、一進会を始め次第に併合へ傾くようになりました。それでも、日本政府は日韓併合に対しては慎重でした。国際関係にどのような影響をもたらすかを見極めようとしていたからです。しかし、国際世論の承認の下、一九一〇年に朝鮮を併合します。日本の朝鮮統治は当時国際的にも評価され、アメリカのマッコイ少将が朝鮮の近代化に対して日本の植民政策の妥当性を初代総督の宇垣一成に述べています。

私達はかつて、満州事変を発端に、日本が東アジアを侵略戦争したと授業で教えられてきました。しかし、それ以前の明治維新、日清日露戦争で私達の祖先が何を守ろうとしたのかを考えることこそが、本当の歴史を知ることなのだと感じました。

日韓合意について

また、黒田先生は、二〇一五年十二月に結ばれた「日韓合意」についても言及されました。「日韓合意」は、慰安婦問題が「不可逆的に」解決されたという国際公約であり、蒸し返すことは許されないものです。日本政府は、韓国が合意に基づいて設立した財団に対し十億円を拠出し、日本側の履行すべき事項は果たしました。しかし、朴槿恵前大統領の弾劾で誕生した文在寅大統領政権は、二〇一八年一月に「日韓合意に対する新たな方針」を発表し、慰安婦問題を蒸し返すようになりました。この流れの中、慰安婦問題が日韓友好の「足かせ」とならないよう、私たち日本人は、韓国側の冷静な対応と国際公約の履行を求めることが必要であるとまとめられました。

先生の「教え方」が重要

日本人学生向けに開催したこの歴史講座が試験や受験に役に立たなければ意味がないのではないかという疑問を抱かれる方もいらっしゃるかもしれません。多くの高校歴史教科書では未だに慰安婦の記述なども残っており、センター試験では自虐的な出題が問題になることもあります。この点にも黒田先生は明快な解がありました。大手の山川出版社の高校歴史教科書を参考文献に使用し、その中にある重要語句をあえて盛り込みながら、私達の国に誇りが持てる講義を展開されたからです。若者が教育で将来日本にどのような思いを抱くか、それはどのような教材であっても、先生の「教え方」が生徒考え方の形成に重要であることを実感しました。

今後も、「真実の種」を育てる会は、日本人学生対象の講演会を開催します。親戚やお知り合い、特に学生さんをお誘いいただきご参加を心よりお待ちしております。